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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
おそらく多計代にとって世の中には善いことと悪いこととしか存在していないのだろう。そして、「母」は本原的に善に属すものと考えられているのだろう。伸子は歎きをもってそう思った。けれども、生活には、善悪のほかに、母のしらない堪えがたい思いという種類のことがあるのだ。その堪えるにかたい思いを、伸子は多計代との間であんまりしばしば経験しなければならない。それが伸子のやさしくなさ、冷刻さと云われるときこれまで何度も伸子の堪えがたさは燃えて憤りにかわって行ったのだった。
伸子の心の中のこういう一切のうねりにかかわりなく、ナターシャは今は廊下を歩くようになった患者としての伸子を見、車附椅子に用のなくなった退院間ぢかな一人の患者として伸子に接し、彼女自身はますます雄大なおなかの丸さになって来た。ちぢれた髪にふちどられた精力的な彼女の容貌の上で、頬っぺたのはたん杏色はいっそう濃くなった。
「ナターシャ、あなたいつから休暇をとるの?」
「もう十六日あとに」
「それじゃ、わたしはのこされるでしょうね、たぶん」
伸子の退院はもう時間の問題だった。けれどもそれが三月のうちにできることか、来月にかかってのことになるか、伸子は知っていなかった。