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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
五
「だって、あなた、この暑さに――手袋なんて」
小規模な上に、設備の不十分なホテル暮しで、じき七月十四日のパリ祭をむかえようとする都会の暑気を多計代は凌ぎがたく感じはじめているのだった。
「こっちの習慣で、夏でも正式の訪問には、手袋をもっていることになっているんですよ」
「おやおや。はめるためじゃなくて、持っているための手袋なんて――暑いのに御苦労さまだこと」
多計代は、そういうパリの習慣をおかしがるように、また、年をとっても外国の習慣には従順であろうとしている泰造を、おしゃれだと思っている眼で、娘をみて笑った。
「丁度伸ちゃんが来たから、一緒に行ってお買いになったらいいじゃありませんか」
そのとき和一郎も小枝も外出してしまっていた。それでも多計代が、伸子に出かけていい、というのは、気分のいい証拠だった。
「じゃ、そうしよう。じき伸子はかえしますからね」
男子の正式な訪問用手袋などというものを、どこで買っていいのか、伸子も知ってはいないのだった。ちゃんとした百貨店で、ちゃんとしたものを買えばいいのだろう。そう思って、伸子は売子の一人は必ず英語のわかるトロア・カルチエへ泰造と行った。