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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
多計代は、すっかりかすれてしまった声で、やっとききとれるぐらいに云った。
「きょうというきょうは、もうすこしで、わたしも殺されるところだったよ」
多計代は、そう云いおわって、息がつまって来るのに抵抗するような咳ばらいをした。
まじりけない不安にはりつめられていた伸子の表情のかげに、多計代の言葉の誇張を疑う色が動いた。
「殺されるなんて――」
だれに? どうして? あり得ないことだ、と伸子は思った。伸子は訊くように、わきに立っているつや子をかえり見た。うちのめされたようになって、ぼっとしている十三歳の肥ったつや子の様子は哀れだった。
「どういうことだったのか、ちっともわけがわからない」
とがめるような伸子の調子に、多計代が、
「和一郎が来ていたんだよ」と答えた。「あの、おこりようったら……つや子さんも見ていただろう。まるで親の見さかいがなくなるんだから――、おそろしい」
くっ、というむせび泣きの声と一緒につや子がくるりと向きなおって、廊下ごしに客室と向いあっている自分の小部屋へ逃げこんでしまった。
午後二時ごろ和一郎が来て、引越すホテルが見つかったから、金を渡してくれと申し出た。