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さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

二 日本文化の観察

その間にビレラやダルメイダは三好の殿を訪問し盃を受けたというのであるが、長慶は既に半年前に歿しているのであるから、誰に会ったのか解らない。嗣子の重存(義重、義継)は未だ非常に若く、それに会えば何か気づく筈である。或は三好三人衆の内の誰かが会ったのかも知れない。その時三好の殿はビレラやダルメイダと同じく跪坐し、二人が辞去する時にも礼を尽した、とダルメイダは記している。ビレラが飯盛山下の三箇を訪れた後、奈良へ出て松永久秀を訪ねているのは、或は形勢の変化に対する幾分の理解を示しているのかも知れない。

三箇は当時は大河に囲まれた半里位の島で、領主の伯耆守はダルメイダが日本で見た最も信仰の厚い信者の一人であった。彼は日本全国のキリスト教化を希望していたし、また堺の町の会堂建築費として銭五万を寄附しようと申し出た。この領主の熱心が半年後には非常に役立つことになるのであるが、この時にもダルメイダの体の痛みを心配して、治療のために、輿を用意し十里の道を京都へ送りつけた。そこでダルメイダはまた二カ月ほど寝ついたのである。

二 日本文化の観察

フロイスが京都に入ってから、日本文化に対するヤソ会士の考察が非常に精密になったように思われる。