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ひかりはかげを

光は影を

岸田 国士

彼を待つもの「キング 第二十六巻第四号」1950(昭和25)年4月1日、はるかなる青春「キング 第二十六巻第五号」1950(昭和25)年5月1日、〔欠題〕「キング 第二十六巻第六号」1950(昭和25)年6月1日、兄の立場「キング 第二十六巻第七号」1950(昭和25)年7月1日、ある少女の役割「キング 第二十六巻第八号」1950(昭和25)年8月1日、父の孤独「キング 第二十六巻第九号」1950(昭和25)年9月1日、愛と死と生の戯れ「キング 第二十六巻第十号」1950(昭和25)年10月1日、運命に逆うもの「キング 第二十六巻第十一号」1950(昭和25)年11月1日、変転の外に「キング 第二十六巻第十二号」1950(昭和25)年12月1日、この日あるがために「キング 第二十七巻第一号」1951(昭和26)年1月1日、二つの未来図「キング 第二十七巻第二号」1951(昭和26)年2月1日、希望の羽ばたき「キング 第二十七巻第三号」1951(昭和26)年3月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 138,262 字 · 276 页

青空文庫

この種の誘惑には、どこか熟しきつた果実の甘酸つぱい香りに似たようなものがある。彼の道徳が、これを拒む理由はすこしもない。たゞ、今もなお頑固に、彼の危うい衝動を支えているのは、彼自身、はつきりそれと自覚してはいないが、つまり、彼一流の自尊心なのである。

「さつぱりわからないのは、こつちのことだわ」

と、平山いくが、ぽんと手を振りはらいながら、独言のように呟いたとき、彼は、ぼんやり、病院のベッドに横わつている小萩のことを思いだしていた。

もう、まる三月、なんの消息もきかぬ小萩、このまゝ、永久に相見る機会がないかもしれぬ小萩、たとえそういう機会があつたにしろ、おそらく、彼の手に再び戻つて来ようとは思えぬ小萩、その小萩なる一女性を、どうして彼は、忘れ去ることができないのか?

それもまた、彼一流の自尊心からであろうか? まさに然り。彼を駈り立て、彼を鼓舞し、彼を熱狂させるものは、た易く得がたいというものなのである。

大森駅へやがて辿りついた。

「じや、今日は、これでお別れ?」

と、平山いくは、首をかしげ、あどけない調子で言つた。

「お送りしなけれや、わるいかな」