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ちからもち
力餅
島崎 藤村
「力餅」研究社、1940(昭和15)年11月
N3 · 进阶 · 新字新假名 · 65,974 字 · 130 页
この里は、山と山との仲がいいばかりではありません。両国の境は壁一重と言ってもいいくらいのところで、住んでいる人たちまでが仲よしです。一方に両国屋という休み茶屋があり、一方には境屋という宿屋もあります。美濃からはおむこさんにも行きますし、近江からはお嫁さんにも来ます。それほど仲よしの村里へにわかに雨が来ました時は、おたがいにとなりの国の家へ飛びこむものもあれば、からかさもすぼめて国境を駆けて通るものもありました。
朝になってみると、雨は晴れ、霧はおさまり、まるでそこいらは洗ったようになりました。気まぐれな雲のいたずらにかくれひそんでいた両国の山々は、またかたちをあらわして、いつものようにむかいあいました。そこへ日輪が天を駆ける羽車のなかから顔をお見せになりましたら、山と山とは負けず劣らずの色の濃さ、あざやかさで、ちょうどあいでも流したように雨降りあげくの空にかがやきました。
「こんにちは。」
「はい、こんにちは。」
「どうも、きのうはひどい降りでした。」
「さよう、ひどい降りでございました。」
美濃と近江の村里の人たちはこんなあいさつをして、おたがいに国の違いも忘れ、ことばのなまりの違いをも忘れながら、あいかわらず行ったり来たりしました。