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ちからもち

力餅

島崎 藤村

「力餅」研究社、1940(昭和15)年11月

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 65,974 字 · 130 页

青空文庫

ちょうど小原の牛がご主人に連れられて行った時は、ほうぼうからその牧場へ骨休めに来ている牛なかまが五十頭もありました。

小原の牛乳屋さんは一冬ばかりも自分の牛をあずかってもらいたいと言ってよくよく牛の世話を牧夫に頼んでおいて、やがて山をおりて行きました。その広い牧場では牛が勝手に遊べるように放しがいにしてありまして、好きな塩でもなめ、やなぎの葉をこいて食って、谷川の水を飲みさえすれば、たいがいの病はなおるくらいの天然の保養場でした。しかしご主人に残された小原の牛はしきりに家を恋しがりまして、二日ばかりはほかの牛なかまと遊ぼうともしません。

「ほら、ごちそうだよ。」

と牧夫が言いまして、番小屋のほうから持ってきた塩を石の上に山もりに置いて行ってくれますが、小原の牛はわずかにそれをなめてみるばかり、ただただ住みなれた牛小屋のほうを恋しがっていました。そこいらには芝草がいっぱいはえています。飲むにいい水の流れもあります。小原の牛はアケビの実のむらさき色に熟した谷のほうへ行って、そこにかくれ、角のかゆい時には山のつつじの根なぞにこすりつけました。

二日ばかりするうちに、小原の牛もこの牧場に慣れてきました。