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ちからもち

力餅

島崎 藤村

「力餅」研究社、1940(昭和15)年11月

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 65,974 字 · 130 页

青空文庫

茶丈の亭主は大津のほうへ通って働いている大工、そのむすこは大津のげた屋へ奉公している若者で、おかみさんと娘とがるすいかたがた古い茶がまのわきでほたるのかごを張るのを毎日の内職にしていました。石山はほたるの名所ですから、まだ人の出さからないうちから、おかみさんたちはそのみやげもののしたくをいそいでいたのでしょう。

まあ、わたしが借りて自炊をしたのは、そんな茶丈の奥の部屋でしたよ。そこにわたしは四月の末から、やがて梅の実のなるころまでいました。石山のお寺へあげるものだと言って、茶丈の亭主が庭に植えておく草花の咲きだすのもそこでしたし、村の子供が青梅を落としに来るのもそこでした。わたしは庭づたいに湖水のほとりに出て、向こうにかかるにじのような瀬多の長い橋を望むこともできました。時には茶丈のむすこが大津から帰って来ていますと、月のある晩などいっしょに湖水へ小舟を浮かべ、二人であちこちとこぎまわりました。そんな時に舟の上で笛を吹いてわたしに聞かせるのもこのむすこでした。

ふとしたことから、刀鍛冶来助老人のうわさがこの若者の口から出ました。というのは、来助老人はそのおじさんにあたるからでありました。