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ちからもち

力餅

島崎 藤村

「力餅」研究社、1940(昭和15)年11月

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 65,974 字 · 130 页

青空文庫

吾妻村まで行きますと、おじの家があります。そこがわたしの母の生まれたところです。

そのころの木曾路はまだ、わたしが初めて上京した時に歩いたままの道でした。行く先の谷のかげに休み茶屋などが隠れていて、石をのせたその板屋根からは青々とした煙の立ち登るのが見えました。皮のむなび、麻のはえはらいから、紋のついた腹掛けまで、昔のままの荷馬がいい鈴の音をさせながら行ったり来たりしているのもその道でした。

棧橋というところまで行きますと、わたしはおさるさんに会いました。そのおさるさんは休み茶屋に飼われていたのです。

「お前さんもたっしゃでしたか。」

とわたしが尋ねますと、おさるさんは小首をかしげまして、

「いえ、それはお前さまの覚えちがいでしょう。お前さまの言うのは、たぶん、おれの親ざるのことでしょう。おれもあの親ざると同じように、長いことこの棧橋に暮らしています。おれはちいさい時分からこの木曾川の音をきいていますが、いくら聞いてもあきないのは、水の声ですよ。」

「それはうらやましい。わたしは十の年に郷里を出たものですから、久しぶりにここを通ります。でも、山育ちは争われないものとみえて、わたしの顔を見ると、山ざる、山ざるという人がよくあります。