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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

そして門までの暗い飛石づたいを、足さぐりに歩いてゆくと、がたっと、袖垣の蔭にあたって、不自然な雨戸の音がし、たしかに人間らしいものが、そこらの庭木をくぐって、塀のミネへ登っていた。

「賊だッ。叔父上っ、叔父上のお部屋へ、何者か、忍びこみましたぞっ」

大きく家の内へ告げておいて、主殿はすぐ往来へ躍り出ていた。

まるで、凩の中の一葉にも似て、賊の影は、もう坂下へ向って、逃げ走っている。――おのれっと目がけて、主殿も飛ぶように追いかけた。またたく間に距離をつめた。

賊は、鼬のように振向いて、これは――と明らかに狼狽を見せ、いよいよ馳けたが、坂下を曲がると、うしろから追ッて来る者の跫音も声も耳にとどいて来た。

「待てッ。盗賊!」

声に射られたように、賊は一瞬、ぎくと足をすくめたようだったが、近づいた主殿の方が、もっと大きな愕きに打たれた。

「あっ、弟っ。――市十郎だろう、貴様はッ」

賊は、よろめきかけながら、うしろを見、手を合せるような恰好をした。――が、主殿の意外さは、一そうな憤怒を加え、足は砂を蹴って、もうわずかで、賊の襟がみへ、その手が、とどきかけた。

しかし、とたんに主殿の体は、烈しい弾みをもって、路傍の木の根へ仆れて行った。