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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
その部屋は東と南が開いて、ヴェランダの下に直ぐ本牧の海を控え、朝は早くから明るくなります。ナオミの寝台は、日本間ならば二十畳も敷けるくらいな、広い室の中央に据えてあるのですが、それも普通の安い寝台ではありません。或る東京の大使館から売り物に出た、天蓋の附いた、白い、紗のような帳の垂れている寝台で、これを買ってから、ナオミは一層寝心地がよいのか、前よりもなお床離れが悪くなりました。
彼女は顔を洗う前に、寝床で紅茶とミルクを飲みます。その間にアマが風呂場の用意をします。彼女は起きて、真っ先に風呂へ這入り、湯上りの体を又暫く横たえながら、マッサージをさせます。それから髪を結い、爪を研き、七つ道具と云いますが中々七つどころではない、何十種とある薬や器具で顔じゅうをいじくり廻し、着物を着るのにあれかこれかと迷った上で、食堂へ出るのが大概一時半になります。
午飯をたべてしまってから、晩まで殆ど用はありません。晩にはお客に呼ばれるか、或は呼ぶか、それでなければホテルへダンスに出かけるか、何かしないことはないのですから、その時分になると、彼女はもう一度お化粧をし、着物を取り換えます。