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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

「待て!」と阿賀妻は珍しく険しい声で云った。

相手はそれを予期していた風であった。いくらか猫背になった道案内は、五六間離れたむこうの岩に立って首をすくめていた。倒れ込んだ巨木の幹が間を隔てていた。うす闇の中に身をちぢめた彼は小さくなって次の言葉を待った。

「戻って来い」

思った通り、今度は取りひしぐような強い声であった。ごつんと膝頭をぶっつけた彼は、あたりに木魂した声を遠く聞いて、ふるえ声で答えた。

「戻るには戻りますが」

「どうなさいました」と、中年の大野が笠の緒をゆるめながら訊ねた。

「方角がちがうようだが」

「そうですか」

「ちがいましたかな」と、戸田老人はふところを探った。図面を取りだしたのである。

「どこを案内しよったのでござりましょう、あいつめは」

そう云って、きっと眼をあげたのは玉目三郎であった。二言目には脇差に手がかかった。

「斬るぞ」

「まあ、まあ」

岩の上に立ちすくんでいた頬かむりの男は、枯れ枝の先をつかんでおそるおそる向き直った。疲れた人夫らは湿った砂にべったりと腰をおろして背負繩をずらした。煙管を咥え、かちりと打った石の火がぼッと赤らんだ。