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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

わたしに、それだけは、はっきりわかります」

「…………」

伸子は、そろそろ椅子から立った。

「失礼ですけれど、わたし、もう行かなければならないから……」

もう思いきったという風に、千種とよばれる青年も長椅子から立った。

「その辺まで御一緒しましょうか」

「……仕度いたしますから、どうぞおさきに」

玄関で外套へ腕をとおしながら、千種は、

「日本じゃ、また大分共産党の大物がやられているらしいですね」

と云った。

「そうらしいことね」

ロンドンにいたとき、国際新聞通信のそういう記事が伸子の目にはいっていた。それには内容のこまかいことは報じられていなかった。

いまの伸子は、この千種とよばれる男に早く出て行ってもらいたいばかりだった。

「とうとう佐野学もやられたらしいですね」

それをきいて、伸子は、同じ緊張のない調子で、

「そうお」

というのに、意識した努力を必要とした。

「じゃ失敬します」

「さようなら」

出てゆく千種のうしろに玄関の厚いドアをぴっちりしめると、伸子は、そこに立ったまま、羽ぶるいする鳥のように大きく両腕をふって、

「あ!」

と、息をつく声を立てながら、自分の両脇腹へ、おろした両腕をうちつけた。