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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

つや子が、

「お姉さま」

と食堂から出てきた。伸子はつい、

「お父様ったら、あんなひと、来させになるんだもん」

客間の方へもどりながら、じぶくった娘の声で妹に訴えた。

「このひと、何だかこわかった――」

話の内容からではなく、千種という見知らない男と伸子が応待していた間の、どこか普通でなかった雰囲気を、つや子は少女らしい敏感さで云っているのだった。

「お姉さまはもう磯崎さんのところへ行かなけりゃいけないんだけれど、つや子ちゃん、一人でいい?」

「――いいわ。おかあさま、きっともうじき帰っていらっしゃるから」

「ベルが鳴ったら、自分で出ないで、マダム・ルセールに出てもらいなさい、よくて。だれもいないときならそのままにしておいていいから」

「そうする」

出かける仕度をしている間じゅう、つや子と口をききながらも、佐野学もつかまったという、さっきの言葉が伸子の頭からはなれなかった。佐野学という名は、日本共産党の指導者として、一般に知られている名だった。日本にいた間はもとよりのこと、モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)に来てからも、その人についての伸子の知識はごく漠然としたもので、理論的に理解が深められたというのではなかった。