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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
朝九時すぎ、伸子がいつものようにペレールの家へゆこうとして屋根裏部屋からエレヴェーターでおりて来て、ホテルの玄関にさしかかったとき、うしろから、
「アロール、マドモアゼール」
鼻にかかった大声でよびとめるものがあった。ふりかえると、肉桂色のシャツの上にチョッキを着て、厨房の監督でもしていたのか、ひろい白前掛をかけたホテルのマネージャーだった。
男は、玄関のホールにあるカウンターのうしろへ入って来て、その前に立ちどまった伸子と向きあった。
「マドモアゼール、あなたは、いつ部屋をあける予定ですか」
いきなり、粗末な英語でそうきいた。伸子ははっきりした期日をきめずペレールのうちのものが出発するまでと思ってそのモンソー・エ・トカヴィユ・ホテルの七階に寝とまりしているのであったが、そういうききかたをされるのは変なことだった。
「なぜ、あなたはそれが知りたいんですか」
伸子は、相手の不確な英語と自分のよたよたした英語とがからまりあって、おかしい事態をひきおこさないようにと、ひとことひとことをゆっくり発音し、できるだけ文法にも気をつけてききかえした。
「いつ、あなたは部屋をあけますか」