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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
「よってもいいわね」
佐々のうちのものがパリを立つとき、ペレールの家へ来あわせた蜂谷良作と野沢義二が、荷づくりの手つだいをして北停車場まで送ってくれた。それから伸子は野沢に会っていなかったし、手紙も書いていなかった。
夜のパリの裏通りをいくつか折れて、空倉庫かと思われる薄暗いがらんとした入口から、伸子は一つの建物に案内された。
狭くて賑やかな裏通りの錯綜した光の中を来た伸子の眼には、ぼんやり何か大きく積みあげられている物の形しか見えない埃っぽいコンクリートの床から、じかに幅のひろい鉄製の階段が通じていた。がらんとした入口がほとんど暗かったように、その鉄製の幅ひろい階段も、やっと足もとの見当がつく暗さだった。だまって蜂谷良作に肱を支えられながら、そこをのぼり、伸子は、上へ出たらそこは明るいのだろうと思った。ホテルらしい帳場のようなところもあるのだろうと思った。
ところが、二階のおどり場には電燈こそついているけれども、燭光の弱い光にぼんやり照し出されて、無味乾燥に何ひとつなく、そこに面していくつかの戸が無愛想にしまっている。
めずらしいのと、多少気味がわるいのとで足音をしのばせるようにしている伸子の先に立って、蜂谷が一つのドアをノックした。