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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

語尾が澄んでいて、そこにきき覚えのある野沢の声が、

「お入りなさい」

部屋のひろさを思わせて響いた。

ドアを入った伸子の最初の一瞥にうつったのは、正面に夜の空を映している二つの大きい窓と、紙や書籍のとりひろげられている大きいデスク。いくつか椅子のあるひろくて古びた、茶色っぽい室内だった。

「やあ、これはめずらしい」

その室の小壁のでっぱりで、ドアからかくされている寝台の上で野沢義二が起きあがった。

「ようこそ、この辺へ来たんですか?」

それは伸子に云って、

「かぜひきなんだ」

野沢は寝台の裾にぬいであった部屋着をとって羽織った。

「いつぞやは、ありがとうございました」

「いいえ。――クラマールへ越したんですって?」

「そうなんです」

「いまごろの郊外はいいな」

伸子は、手近にある椅子をひきよせてかけた。

「じき失礼いたしますから、臥ていらした方がいいわ」

「いや、もういいんです。熱もないし」

蜂谷は、最近ここへよったらしく、

「あれから、ずっとかい?」

ときいた。

「うん。僕はいくらか慎重すぎるのかもしれないんだ。しかし、すっかりなおそうと思ってね」

野沢は喉熱を出して数日来臥ているのだった。