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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
「非常にいいです」
きつく伸子の手を握って、ふった。
そのようにしてインターナショナルが歌われた間、蜂谷良作は、まじめに口をつぐんだまま立っていた。蜂谷はインターナショナルの歌を知っていないのだった。知らない歌は、うたわずに起立している。そこにうそもなく、彼として不自然な態度でもなかった。しかしある程度の危険をおかして今夜この寂しい場所に集っている会衆の高揚した共感が歌声となって溢れているときに、ひとり口をむすんで重く立っている蜂谷のありかたは、腕と腕とがふれ合うほど身近に立っているだけよけいに、いつも蜂谷と自分とについて伸子が感じている奇妙な感じを、きわ立たせた――蜂谷と自分がときに唇をよせるほどこんなに近くあるという意外さと、その意外さをよそよそしいものにする、互の生活の本質のところにあって消えない距離の感じ――そのくいちがった感じが伸子の心につよめられた。
やっとクラマール行の終電車に間に合ってベルネの家のあるサン・クルー街の並木の下を歩いているとき、蜂谷良作は、
「実際、佐々さんは、理論だけじゃない火をもっているんだなあ」
長い道中、かんがえて来たことのように云った。