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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
物売がやったように、上と下とのキの音に、いかにも歯をむき出した響きをもたせて素子はくりかえした。
「だから、口で云えばいいのよ」
「口なんかで間に合うかい!」
それは、素子独特の率直な可笑しみだった。伸子は思わず苦笑した。
「だって、ぶつなんて……どうして?」
支那の女という悪口が、それほど素子を逆上させる、その癇のきつさが、伸子にはのみこめないのだった。
「そりゃ、ぶこちゃんは品のいい人間だろうさ。淑女だろうさ。わたしはちがうよ――わたしは、日本人なんだ……」
「だからさ、なお、おこるわけはないじゃないの。ああいうひとたちには、区別がわかりゃしないんだもの。ここにいるのは、昔っから支那の人の方が多いんだもの」
街で伸子たちが見かけるのも中国の男女で、日本人は、まして日本の女は、モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)じゅうにたった十人もいはしない。その日本婦人も、大使館関係の人々は伸子たちよりはもとより、一般人よりずっと立派な服装をしていて、外見からはっきり自分たちを貴婦人として示そうとしていた。伸子たちにさえ、日本人と中国人の見わけはつかなかった。