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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

窓のまん前にぶら下っていて伸子がおさまっている場所から左手に、見あげる婦人靴下はひどく長いもののように見えた。ああ娘さんが来ているのだ。伸子は山上元のためによろこぶきもちで考えた。

山上元が日本を去ってからもう十五六年たっていた。一年ばかり前、彼の一番末の娘が、モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)へ来たという噂があり、伸子は日本の新聞でも日本脱出という角度からのニュースをよんだ。彼の家族は、山上元の家族であるという理由だけで、迫害されつづけ、三人の子供たちと細君とには、子供の世界にさえ安らかな朝夕がないばかりか、生きてゆくために働くくちさえ与えられなかった。幾代という、こんどモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)へ来た娘は、日本でわたしたちはあんなにいじめられた、おそろしいところへ、二度と住みたいと思っていない、という談話があった。その娘さんの上の舞踊家である娘も、来たようだったが、そのひとはどうしたのか、父のもとへのこったのは、幾代という十七八歳のひとだけらしかった。

だらりとのびて、ぶら下っている婦人靴下は、伸子に、気のおけない父と娘とのこの室での生活を思わせ、大杉栄の妹であるひとの身の上を思いうかばせた。