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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

さつきというそのひとは、結婚して、宗一という息子をもっていた。六歳の少年である宗一は、一九二三年の九月二十日に、大杉栄、伊藤野枝といっしょに憲兵隊でくびり殺された。自分の編輯で個人雑誌を出していた三島しづ子という婦人が、さつき夫人をなぐさめる集りをしたことがあった。その集りも、内輪にひっそりと、三島しづ子の住居の二階で行われた。さつき夫人は、髪のあげようからしてごくおとなしい中流の主婦のものごしで、その人として生れもって来たものも、大杉栄の妹であるということから、すべてをころし、ありふれた意味で一点非のうちどころない妻であり母であろうとして来たひとの姿だった。さつき夫人の口からは、ひとことも、憲兵の惨虐な行為に対するいかりは洩らされなかった。つましく膝の上に手をかさね、それまでうつむいていた顔をあげて、わたくしも、こんどのことで、もう生きている意味がなくなりました。静かにそう云った。大杉栄と妹のさつきとは別なのだからと云って、夫であるひとは彼女と結婚したのだそうだった。互の理解で幸福な家庭がもてて行くと思った夫婦の考えは、単純すぎたということが段々わからせられた。