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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

「ああ、あなたがたのもっていらしたものがあったんでしょう?」

伸子たちをかえりみた。

「いま、出したらどうです」

心からのおくりものがとり出されるには、およそそぐわないその場の雰囲気だった。しかし、素子が、いくらかむっとして上気し、そのために美しくなった顔で立ち上り、二人のみやげとしてもって来たしぼり縮緬の袱紗と肉筆の花鳥の扇子とをとり出して、カーメネ※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)夫人のデスクの上においた。そして、彼女はロシア語が出来るのに、ひとことも口をきかないで、ちょっとした身ぶりで、それを差しあげますという意味を示し、その瞬間ちらりと何とも云えない笑いを口辺に漂べた。それは、カーメネ※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)夫人の、奥歯をかみしめたまま顔に浮べているような渋い鈍重な笑顔とは比較にならないほど、酸っぱい渋い鋭い微笑であった。伸子は素子のその一瞬の複雑きわまる口もとの皺をとらえた。伸子は、この部屋に案内されてからはじめてほんものの微笑をうかべた。

伸子たちのおくりものに対しても、夫人は、ごく短い一言ずつで、美しさをほめただけだった。