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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
次第によったら、いやでも帰らなけりゃならないかもしれないが……」
「ひとりで?」
「――お伴しなくちゃならないというわけかい」
一人で帰ることがいや、いやでないよりも、伸子にとっては今ソヴェトから帰るということが、うけ入れられないのだった。
「先にね、ニューヨークから急に帰ったとき、やっぱり、こんな風だったのよ。母がね、お産をしなければならないのに、こんどは非常に危険だと医者に宣告された、と云って来たんです。わたしはたまらなく心配になってね、無理やり一人で帰って来てみたら、とっくに赤坊は生れてしまっているし、母はおきてけろりとしていたのよ」
あのときの残念な心持、たぶらかされたような切ない心持を伸子はまざまざと思いおこした。ニューヨークで、伸子がアメリカごろの洗濯屋と夫婦になったとか、身重になって始末にこまって結婚したとかいう風聞になやまされた佐々の両親は、多計代の出産ということを口実に伸子がいやでも、大学での研究が中途だった佃をのこして帰って来なければならないように仕向けたことだった。そのときから八九年たった今になって見れば、親たちのばつのわるい立場も苦肉策も伸子に思いやることができた。