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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
そのとき伸子はもうずっと佃の家からはなれ、動坂の生家にいた。父親のデスクの前にたって六法全書のその頁をひらいたまま、ほんとにあのときは体も頭も一時にしびれてゆくようだった。佃はこの法律を知っているだろうか。伸子は恐怖の稲妻の下でそう思った。妻という立場の自分からは離婚もできないのだろうか。伸子は毛穴から脂をしぼられるような苦悩で、夫は妻に同居を要求する権利がある、という文句や夫の許可なくして妻が行うことのできない様々の行為をよみ、やっと協議離婚ということは、妻からも求めることができるとわかったとき。これで救われたと思った次の瞬間、伸子は一層残酷な恐怖にとらわれた。もし佃が、協議離婚をうけつけなかった場合はどうしよう。いつもの彼の云いかたで、それは伸子の望むことであるかもしれないが自分としては考えられもしないことだ、僕の愛は永久に変らない、と云って、その手続のためになくてはならない署名や捺印を拒んだら。――それは佃がしようと思えば夫としてする権利のある復讐なのだった。
うしろの往来では十一月の北風に砂塵がまきあげられている代書人の店先の土間の椅子にかけて、協議離婚の書式がげびた代書人の筆蹟でかかれてゆくのを、くい入る視線で見つめていた自分のコートを着た姿。