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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
彼女の来た時間も、また彼女のいうこともとってつけたように感じながら伸子は、
「ありがとう」
と答えた。
「やっとそろそろ歩きはじめました――もう結構永いことねたきりだったけれど」
「おめでとう」
女助医は何だかおちつかない風で病室のなかをひとわたり見まわし、
「ちょいとかけていいですか」
ときいた。
「――どうぞ」
伸子は、病室へ来たものは誰でもそうするようにその女助医もむこうの壁ぎわにおかれている長椅子にかけるものと思った。ところが、彼女は伸子が思ってもいなかったなれなれしさで、いきなり伸子がねているベッドの脇へはすかいに腰をおろした。伸子は思わずかけものの下で少し体を横へずらせた。女助医は、伸子がその表情をかくそうともしないで迷惑がっているのに一向かまわず、夜の十時の患者の室がまるで非番の日曜日の公園のベンチででもあるかのように、
「あなた、作家でしたね、そうでしたね」
と言いだした。
「ええ」
伸子は短く答えた。
「どんなものをお書きなさるの?――ロマン? それともラススカーズ(短篇)? ああ、わたしは文学がすきですよ。何てどっさり読むでしょう!」
だまっている伸子に、彼女はくりかえしてきいた。