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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
それは素人である伸子の耳に過度に強烈な音響の群立であり、音楽に感動するよりさきに逃げようのない大量な烈しい音響に神経が震撼させられた感じだった。日本ではじめて演奏される第九シムフォニーだったのに、と切符を買いおくれたことを残念に思っていた。伸子は自然なそのこころもちのまま多計代に、
「場所がわるかったわねえ」
と云った。
「あれじゃ、涙も出て来てしまうわ」
そして何心なく、
「人間て、あんまりひどい音をきいていると涙が出るのよ」
と云った。そう云ったとき伸子に皮肉な気分は一つもなかった。すると、多計代が亢奮でまだ黒くきらめいている美しい眼で伸子を不快そうに見ながら、
「また、おはこの皮肉がはじまった」
と云った。
「わたしが感激しているんだから、勝手に感激させとけばいいじゃないか」
伸子はだまった。けれども、多計代はどうして、ベートーヴェンだから感激しなければならないときめているのだろう、と誇張を苦しく思った。
モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)へ来てから、伸子はずいぶんいろいろのオペラをきき、音楽会をきいた。日本ではまだハルビン辺から来るオペラ団を歓迎していた。