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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
進退のきわまった、という字がそのままあてはめられる川辺みさ子の、訴えようもなく、すがりようもなく苦悩する姿が、伸子のウィーンの下宿の窓際に見えるようだった。
川辺みさ子の黒く澄んだ眼は、どんなに暗澹とした闇をたたえて、彼女の下宿の室内を眺めまわしたことだろう。沈黙して、しかも何かを見ているような壁。無心に物を映す鏡のよそよそしいつめたさ――一九二九年の春の午後、モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)で癒したばかりの肝臓が疲れて重く、部屋にこもって、我ともなく追想にとらわれた伸子が眺めるウィーンのパンシオンの室の三方の壁は、やさしく地味な小枝模様の壁紙で貼られていた。壁の上の楕円形の鏡に金色の細ぶちが輝いて、二つのベッドの前に赤い小絨毯がおいてあった。
川辺みさ子がウィーンでくらした下宿というのは、どこのどんな家だったろう。そして、川辺みさ子の体が窓から落ちて横たわったウィーンの通りというのはどんな通りだったのだろう。伸子は生々しいようなこわい思いで、自分のすぐ横に開いている三階のひろい窓から外をのぞいた。天気のいい日が向う側の建物に照っていて、伸子の窓の下は、人通りのすくない横通りのペーヴメントだった。