Japanische Klassiker mit Furigana
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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
Lesen Sie 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 178.609 Zeichen · 362 Bildschirme
「え」
「じゃ、ついでにいうとくが、もうあの男に近づいてはならん。悪い男ではないが、おまえのためにならん」
「お父様、なんでもないのでございますよ!」
お芳は、甘える時のような、やや語尾のたかぶった声で、
「――誰がそんなことをいうのでございましょう」
「だから、つつしまねばいかん。おまえも、そろそろ嫁がなければならぬ身だ。実をいうと、話もだいぶ進んどる。この間、沓野村のお帰りに立ち寄られた象山先生――あの松代の佐久間修理殿じゃ、そのお方が、媒人してとらせるともいうておられる。先様は、次席家老の御子息だぞ、決しておまえにとって不幸な話じゃないと思う」
「でも……お父様」
「わ、わしが、どんなにおまえのことだけを、この世の気がかりにしているか」
「…………」
「分るか」
「…………」
「分ってくれい」
「…………」
厳かにも苦甘い沈黙だった。
兵助はぼろぼろ泣いた。お芳は、乳をむしりたいほど胸がいっぱいになっていながら、老父の愚に返った嘆きを見ると、かえって、涙が出なかった。
そしてただ、四、五日前に、この家へ立ち寄ってしばらく父と話し込んで行った、松代藩の三村利用係という役目をしている西洋臭い儒者を思いうかべていた。