Japanische Klassiker mit Furigana
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lesen Sie 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) von Mori Ōgai (森 鴎外) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 166.525 Zeichen · 334 Bildschirme
抽斎が四十八歳、五百が三十七歳の時である。
伊沢氏ではこの年十一月十七日に、榛軒が四十九歳で歿した。榛軒は抽斎より一つの年上で、二人の交は頗る親しかった。楷書に片仮名を交ぜた榛軒の尺牘には、宛名が抽斎賢弟としてあった。しかし抽斎は小島成斎におけるが如く心を傾けてはいなかったらしい。
榛軒は本郷丸山の阿部家の中屋敷に住んでいた。父蘭軒の時からの居宅で、頗る広大な構であった。庭には吉野桜八株を栽え、花の頃には親戚知友を招いてこれを賞した。その日には榛軒の妻飯田氏しほと女かえとが許多の女子を役して、客に田楽豆腐などを供せしめた。パアル・アンチシパションに園遊会を催したのである。歳の初の発会式も、他家に較ぶれば華やかであった。しほの母は素京都諏訪神社の禰宜飯田氏の女で、典薬頭某の家に仕えているうちに、その嗣子と私してしほを生んだ。しほは落魄して江戸に来て、木挽町の芸者になり、些の財を得て業を罷め、新堀に住んでいたそうである。榛軒が娶ったのはこの時の事である。しほは識らぬ父の記念の印籠一つを、母から承け伝えて持っていた。榛軒がしほに生ませた女かえは、一時池田京水の次男全安を迎えて夫としていたが、全安が広く内科を究めずに、痘科と唖科とに偏するというを以て、榛軒が全安を京水の許に還したそうである。