Japanische Klassiker mit Furigana
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lesen Sie 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) von Mori Ōgai (森 鴎外) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 166.525 Zeichen · 334 Bildschirme
その六十四
安政二年の地震の日に観劇したのは、足掛七年ぶりであったということである。
抽斎は森枳園と同じく、七代目市川団十郎を贔屓にしていた。家に伝わった俳名三升、白猿の外に、夜雨庵、二九亭、寿海老人と号した人で、葺屋町の芝居茶屋丸屋三右衛門の子、五世団十郎の孫である。抽斎より長ずること十四年であったが、抽斎に一年遅れて、安政六年三月二十三日に六十九歳で歿した。
次に贔屓にしたのは五代目沢村宗十郎である。源平、源之助、訥升、宗十郎、長十郎、高助、高賀と改称した人で、享和二年に生れ、嘉永六年十一月十五日に五十二歳で歿した。抽斎より長ずること三年であった。四世宗十郎の子、脱疽のために脚を截った三世田之助の父である。
その六十四
劇を好む抽斎はまた照葉狂言をも好んだそうである。わたくしは照葉狂言というものを知らぬので、青々園伊原さんに問いに遣った。伊原さんは喜多川季荘の『近世風俗志』に、この演戯の起原沿革の載せてあることを報じてくれた。
照葉狂言は嘉永の頃大阪の蕩子四、五人が創意したものである。大抵能楽の間の狂言を模し、衣裳は素襖、上下、熨斗目を用い、科白には歌舞伎狂言、俄、踊等の状をも交え取った。