Japanische Klassiker mit Furigana
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lesen Sie 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) von Mori Ōgai (森 鴎外) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 166.525 Zeichen · 334 Bildschirme
その九十一
しかし半途にして母を迎え取らんとするが如きことがあったなら、それは郷土のために謀って忠ならざることを証するものである。我藩はこれを許さぬであろうといった。成善は悲痛の情を抑えて西館の許を辞した。
成善は家禄を割いて、その五人扶持を東京に送致してもらうことを、当路の人に請うて允された。それから長持一棹の錦絵を書画兼骨董商近竹に売った。これは浅草蔵前の兎桂等で、二十枚百文位で買った絵であるが、当時三枚二百文乃至一枚百文で売ることが出来た。成善はこの金を得て、半は留めて母に餽り、半はこれを旅費と学資とに充てた。
成善が弘前で暇乞に廻った家々の中で、最も別を惜んだのは兼松石居と平井東堂とであった。東堂は左下に瘤を生じたので、自ら瘤翁と号していたが、別に臨んで、もう再会は覚束ないといって落涙した。成善の去った翌年、明治五年九月十六日に東堂は塩分町の家に歿した。年五十九である。四女とめが家を継いだ。今東京神田裏神保町に住んで、琴の師匠をしている平井松野さんがこのとめである。
その九十一
成善は藩学の職を辞して、この年三月二十一日に、母五百と水杯を酌み交して別れ、駕籠に乗って家を出た。