Japanische Klassiker mit Furigana
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lesen Sie 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) von Mori Ōgai (森 鴎外) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 166.525 Zeichen · 334 Bildschirme
その四十五
躋寿館の人々が驚き喜んだのもことわりである。
幕府は館員の進言に従って、直ちに校刻を命じた。そしてこれと同時に、総裁二人、校正十三人、監理四人、写生十六人が任命せられた。総裁は多紀楽真院法印、多紀安良法眼である。楽真院は庭、安良は暁湖で、並に二百俵の奥医師であるが、彼は法印、此は法眼になっていて、当時矢の倉の分家が向柳原の宗家の右におったのである。校正十三人の中には伊沢柏軒、森枳園、堀川舟庵と抽斎とが加わっていた。
躋寿館では『医心方』影写程式というものが出来た。写生は毎朝辰刻に登館して、一人一日三頁を影模する。三頁を模し畢れば、任意に退出することを許す。三頁を模すること能わざるものは、二頁を模し畢って退出しても好い。六頁を模したるものは翌日休むことを許す。影写は十一月朔に起って、二十日に終る。日に二頁を模するものは晦に至る。この間は三八の休課を停止する。これが程式の大要である。
その四十五
半井本の『医心方』を校刻するに当って、仁和寺本を写した躋寿館の旧蔵本が参考せられたことは、問うことを須たぬであろう。然るに別に一の善本があった。それは京都加茂の医家岡本由顕の家から出た『医心方』