Japanische Klassiker mit Furigana
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lesen Sie 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) von Mori Ōgai (森 鴎外) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 166.525 Zeichen · 334 Bildschirme
その六十九
角倉の本邸は飯田町黐木坂下にあって、主人は京都で勤めていた。亀沢町の邸には庭があり池があって、そこに稲荷と和合神との祠があった。稲荷は亀沢稲荷といって、初午の日には参詣人が多く、縁日商人が二十余の浮舗を門前に出すことになっていた。そこで角倉は邸を売るに、初午の祭をさせるという条件を附けて売った。今相生小学校になっている地所である。
これまで渋江の家に同居していた矢島優善が、新に本所緑町に一戸を構えて分立したのは、亀沢町の家に渋江氏の移るのと同時であった。
その六十九
矢島優善をして別に一家をなして自立せしめようということは、前年即ち安政六年の末から、中丸昌庵が主として勧説した所である。昌庵は抽斎の門人で、多才能弁を以て儕輩に推されていた。文政元年生であるから、当時四十三歳になって、食禄二百石八人扶持、近習医者の首位におった。昌庵はこういった。「優善さんは一時の心得違から貶黜を受けた。しかし幸に過を改めたので、一昨年故の地位に複り、昨年は奥通をさえ許された。今は抽斎先生が亡くなられてから、もう二年立って、優善さんは二十六歳になっている。わたくしは去年からそう思っているが、優善さんの奮って自ら新にすべき時は今である。