Japanische Klassiker mit Furigana
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lesen Sie 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) von Mori Ōgai (森 鴎外) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 166.525 Zeichen · 334 Bildschirme
その四十三
しかし保さんは少時帆足の文を読むごとに心平かなることを得なかったという。それは貞固の人と為りを愛していたからである。
嘉永四年には、二月四日に抽斎の三女で山内氏を冒していた棠子が、痘を病んで死んだ。尋いで十五日に、五女癸巳が感染して死んだ。彼は七歳、此は三歳である。重症で曼公の遺法も功を奏せなかったと見える。三月二十八日に、長子恒善が二十六歳で、柳島に隠居していた信順の近習にせられた。六月十二日に、二子優善が十七歳で、二百石八人扶持の矢島玄碩の末期養子になった。この年渋江氏は本所台所町に移って、神田の家を別邸とした。抽斎が四十七歳、五百が三十六歳の時である。
優善は渋江一族の例を破って、少うして烟草を喫み、好んで紛華奢靡の地に足を容れ、とかく市井のいきな事、しゃれた事に傾きやすく、当時早く既に前途のために憂うべきものがあった。
本所で渋江氏のいた台所町は今の小泉町で、屋敷は当時の切絵図に載せてある。
その四十三
嘉永五年には四月二十九日に、抽斎の長子恒善が二十七歳で、二の丸火の番六十俵田口儀三郎の養女糸を娶った。五月十八日に、恒善に勤料三人扶持を給せられた。