Japanische Klassiker mit Furigana
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lesen Sie 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) von Mori Ōgai (森 鴎外) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 166.525 Zeichen · 334 Bildschirme
抽斎は五百に議って苫を貰い受け、後下総の農家に嫁せしめた。
栄玄の子で、父に遅るること僅に四月にして歿した玄亭は、名を徳瑛、字を魯直といった。抽斎の友である。玄亭には二男一女があった。長男は玄庵、次男は養玄である。女は名を初といった。
この年抽斎は五十二歳、五百は四十一歳であった。抽斎が平生の学術上研鑽の外に最も多く思を労したのは何事かと問うたなら、恐らくはその五十二歳にして提起した国勝手の議だといわなくてはなるまい。この議のまさに及ぼすべき影響の大きさと、この議の打ち克たなくてはならぬ抗抵の強さとは、抽斎の十分に意識していた所であろう。抽斎はまた自己がその位にあらずして言うことの不利なるをも知らなかったのではあるまい。然るに抽斎のこれを敢てしたのは、必ず内にやむことをえざるものがあって敢てしたのであろう。憾むらくは要路に取ってこれを用いる手腕のある人がなかったために、弘前は遂に東北諸藩の間において一頭地を抜いて起つことが出来なかった。また遂に勤王の旗幟を明にする時期の早きを致すことが出来なかった。
その五十一
安政四年には抽斎の七男成善が七月二十六日を以て生れた。