Japanische Klassiker mit Furigana
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lesen Sie 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) von Mori Ōgai (森 鴎外) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 166.525 Zeichen · 334 Bildschirme
そして毎年二度ずつ虫干をすることに定めた。当時作った目録によれば、その部数は三千五百余に過ぎなかった。
書籍が伊沢氏から還されて、まだ津軽家にあずけられぬほどの事であった。森枳園が来て『論語』と『史記』とを借りて帰った。『論語』は乎古止点を施した古写本で、松永久秀の印記があった。『史記』は朝鮮板であった。後明治二十三年に保さんは島田篁村を訪うて、再びこの『論語』を見た。篁村はこれを細川十洲さんに借りて閲していたのである。
津軽家ではこの年十月十四日に、信順が浜町中屋敷において、六十三歳で卒した。保さんの成善は枕辺に侍していた。
この年十二月二十一日の夜、塙次郎が三番町で刺客の刃に命を隕した。抽斎は常にこの人と岡本况斎とに、国典の事を詢うことにしていたそうである。次郎は温古堂と号した。保己一の男、四谷寺町に住む忠雄さんの祖父である。当時の流言に、次郎が安藤対馬守信睦のために廃立の先例を取り調べたという事が伝えられたのが、この横禍の因をなしたのである。遺骸の傍に、大逆のために天罰を加うという捨札があった。次郎は文化十一年生で、殺された時が四十九歳、抽斎より少きこと九年であった。