Japanische Klassiker mit Furigana
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Lesen Sie 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) von Mori Ōgai (森 鴎外) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 166.525 Zeichen · 334 Bildschirme
妻は下総国佐倉の城主堀田相模守正愛家来大目附百石岩田十大夫女百合として願済になったが、実は下野国安蘇郡佐野の浪人尾島忠助女定である。この人は抽斎の父允成が、子婦には貧家に成長して辛酸を嘗めた女を迎えたいといって選んだものだそうである。夫婦の齢は抽斎が十九歳、定が十七歳であった。
この年に森枳園は、これまで抽斎の弟子、即ち伊沢蘭軒の孫弟子であったのに、去って直ちに蘭軒に従学することになった。当時西語にいわゆるシニックで奇癖が多く、朝夕好んで俳優の身振声色を使う枳園の同窓に、今一人塩田楊庵という奇人があった。素越後新潟の人で、抽斎と伊沢蘭軒との世話で、宗対馬守義質の臣塩田氏の女壻となった。塩田は散歩するに友を誘わぬので、友が密に跡に附いて行って見ると、竹の杖を指の腹に立てて、本郷追分の辺を徘徊していたそうである。伊沢の門下で枳園楊庵の二人は一双の奇癖家として遇せられていた。声色遣も軽業師も、共に十七歳の諸生であった。
抽斎の母縫は、子婦を迎えてから半年立って、文政七年七月朔に剃髪して寿松と称した。
翌文政八年三月晦には、当時抽斎の住んでいた元柳原町六丁目の家が半焼になった。