일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

吉川 英治의 上杉謙信(うえすぎけんしん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 129,102자 · 256화면

아오조라 문고

いまから十余年前までの村上氏というものは、北信濃一円を威令して、坂城の府、葛尾の城を中心に、祖先鎮守府将軍源頼義の一族が末裔として、誰も仰ぎ敬う位置に栄えていたものである。

それが、天文年間の半ばごろから、年々、甲斐の武田氏に蚕食され、上田原の戦をさいごとして、本城は落去、一族は離散、夫人は千曲川に身を投じて果てるなどという、世が静かなら有り得ない惨たる滅亡を告げてしまった。

天文二十二年の八月。

義清は、殆ど身ひとつで、敗軍の中から遁れ、この越後へ来て、

(救って下さい)

と、謙信にすがった。

時に、謙信は年まだ二十有余。この名族の果てが、膝を屈して、義に訴えるすがたを、何で、すげなく見ていられよう。そのとき彼が義清に与えた言葉は、

(よろしい。御安心なさい)

明瞭な、然諾の一語だった。小国辺隅、しかも士馬少なく、産業もふるわない北国から起って、謙信が、甲州の強大武田家と、以来、殆ど年々といってよいほど、戦雲を曳いて対峙することになったのは、実に、この一羽の窮鳥が、越後へ入国したのが抑の端緒である。機ッかけである。謙信対信玄の相剋はここに起因を孕んだものである――とは、世上一般も、越後の人々も、甲州方でも、あまねく信じているところだった。