후리가나로 읽는 일본 고전
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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
柳田 国男의 木綿以前の事(もめんいぜんのこと)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 177,586자 · 348화면
最初はおそらくは是も至って卑近なる、目に見える人間の行為であったろうと思う。例はすぐ隣にあるのだが、その方はもう忘れられかけている。中世の相撲の用語として、「手をこふ」と謂ったのは挑むことであった。『古今著聞集』の第十五章には幾つか見えているが、その一二を挙げるならば時弘という男、「頻りに相撲宗平に手をこひて、若し負くるものならば時弘が首を切られん。宗平負けば、又宗平が首を切らんなど申しけるを」とある。或いはまた弘光という力士が、伊成という若い力士を軽侮して、「左の手を出してこひけるを云々」ともある。この「弘光が出す所の左の手を、伊成が右の手してひしと取りてけり」ともあるから、今ならば、組付くとか取掛るとかいうべき所作を、もとはテコフと謂っていたのである。その用法はまた普通の乞い請うとも別であるが、是にはテコヒという名詞は有ったにしても、その念願の情を表する形容詞までは、相撲道には入用が無かった。そうして変化が乏しい故に、やがて廃語とはなったのである。
恋という単語の内容がこれに反して、次第に外へそれまた何となく上品になって来たことは、是こそ和歌の徳と名づくべきものであった。