후리가나로 읽는 일본 고전
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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
柳田 国男의 木綿以前の事(もめんいぜんのこと)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 177,586자 · 348화면
五
それが今我々を感動せしめる正風の俳諧であったように、私たちは思っている。
五
つまりは百韻三十六吟の連続の中に、一句も俳諧の無い句があってはならぬという松永貞徳などの意見を、認めるか否かが岐れ目であった。もしもそれが動かすべからざる法則であったら、現今のいわゆる俳句などは、生まれ出づる余地は無かったのである。尤もそういう人々の俳諧の定義は勝手放題に弘いもので、心の俳諧以外に形の俳諧だの言葉の俳諧だのを認め、単に用語が今風の俗言でありさえすればもうそれで宜しいようにしていたが、そうして見たところがやはり窮屈な話で、それだけで普く人生の森羅万象、あらゆる境涯・感情を表現するに足らぬのは当り前の話である。だから貞門の俳諧などはあれだけ多く残っているが、おかしいながらにやはり退屈で、今は省みる人も少ないのである。芭蕉はこれに対して、決して急激なる革新論者ではなかった。半ばは前代の解釈に追随しつつも、随処に自家の判断を実践に移して、大きな効果を挙げている。たとえば俳諧の主題としては、俗事俗情に重きをおくことが、初期以来の暗黙の約束であるが、是がかなり忠実に守られていた御蔭に、単なる民衆生活の描写としても、彼の文芸はなお我々を感謝せしめるのである。