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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

鉄漿爪

江戸表へは、早飛脚を打って、すべての手配をたのんでおいたから、三日のうちには、東儀殿も人数を連れて乗りこんで来るでしょう」

「あ、もうそんなに」

「羅門の手を下す以上には、電瞬の間です。ご安心なさい」

そう言って、少し誇らしく、

「だが、その手配の来るまで、何より不安なのは、この渡し口です。貴公は、その身なりがちょうどよいから、昼夜、ここの海辺を離れず、見張っていてもらいたい」

「承知いたしました」

そういって、羅門は、島の中腹にある町中の旅籠へはいった。彼の好きな相模の海色は、裏二階の窓から一望に見え、目ざす郁次郎の潜んでいる江之島神社の青銅の甍は、表二階から木立のあいだに見えた。

鉄漿爪

「ああ父にすまない。あの老いたる父は、鶉坂に養生所を建って、自分が、こんな身でいるとも知らずに、長崎から今帰るか、今帰るかと、待っていることだろう」

机に凭れて、郁次郎はもがいていた。そこは、江之島神社の社家の離れである。

「花世は、どうしているだろう」

苦悶は、すべてを苦悶にする。

――波の音、木の葉の風。

彼にはすべてが、恐怖と、苦悩の音響だった。罪の人にありがちな、神経質な顔に、おそろしく、若い明るさを傷つける立て皺が、眉のあいだに、針のように立っている。