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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

岩壁の暦

早飛脚の支度を」

「それは、途中で、脱ぎ代えます」

「ウム、そうか。まだある、路銀が不足じゃろう、それから、わしのこの印籠には、種々と薬がはいっておる。体を大事に」

と、老先生の温か味。

押しいただいて、

「では、ご機嫌よく。――しばらくのお別れを」

と、加山耀蔵は、その夜、その場から、目黒行人坂を振出しに、大山街道から東海道へ。

――そしてやがて、白雲つつむ秘密の松平家、山城の国四明ヶ岳の含月荘へと、急ぎに急いで行ったのであった。

岩壁の暦

彼がとった道筋は、この前、玉枝が自身で、秘密の小筥を抱えて、含月荘を訪れたあの坂本道と、変らなかった。

途中で、姿はすっかり、飛脚屋に変装して、例の小箱を、棒の端に括り付け、手拭を巻いて、肩に担いでいる。

色の褪せた紺の脚絆、陽に焦けた、皮膚は黒いし、髪は埃にまみれている。誰が、どう見ても、飛脚屋である。江戸の同心と観破られッこはない。

ただ、まずいのは、足に、草鞋摺れの水腫ができて、それが痛むことだった。何しろ、こっちへ来る前は、病臥の床に横たわって、寝癖のついていた足なので、たちまち傷めてしまったのが、道中十六日の間によけいにひどくなっていた。