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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

兇刃咄嗟!

きつく、首を横に振って、

「拙者は、上方の与力羅門塔十郎だぞ。江戸の無役者に、吟味をうけるいわれはない」

「そうか」

老先生は微笑して――

「しかし、まだ生き証拠はいくらもおるぞ。――波越八弥、隣室にいる作兵衛爺と、唖の岩松を連れて出い」

羅門はその方をじろりッと一眄して、

「どこの乞食を買い集めて来たか」

と顔を歪めて、苦笑した。

「では、乞食と言わさぬ生き証拠を出そうか」

「おう、見よう!」

と、羅門は、血走った眼をつり上げて、じりじりと、老先生の方へ、開き直った。その血相! まるで、眉間から、蒼白い燐が燃えあがっているようである。

兇刃咄嗟!

老先生は、もう完全に、羅門の心理を掴んでしまっているように、

「いや、こっちではない」

と、彼の殺気の先を、自由自在に翻弄する。

「あちらを見よ」

と、庭を指した。

羅門は、研ぎ澄まして行く気を折られて、

「え?」

と、思わず、うしろを振り向いた。

見ると庭上の松の樹に、いつのまにか、玉枝が縛りつけられていた。最前の迎え駕は、実は、召捕りの駕であり、それに代る花世は、今宵の最後の対決一つで、死か生かの運命の極まる老先生と郁次郎のために、すでに、殉死を覚悟して、死装束でこの屋敷の一間につつしんでいたものに違いない。