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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

眼力拝借

と、初めて吃驚したような声を聞いた。

「ざまを見ろ! 偽聾!」

彼は、自分の機智に凱歌をあげた。

男には、耳がある、声が出る。

眼力拝借

だが――東儀与力のよろこびは早すぎた。男は決して、ビクリとした様子もない。怪訝な顔をして、煙を見まわしているのみで、依然たる聾唖を守りきっているのだ。

では、あッといった声は、誰の口から出たのだろうか。

その錯覚は、次の驚きで、瞬間にケシ飛ばされた。鉄棒の嵌っている石倉の採光窓の外へ、白い女の顔が、落ッこちたように隠れた。

「やっ?」

東儀与力は、愕然として、外へ駈け出した。彼の声に、獄吏は棒をかかえて飛んで来た。だが、八方への狂奔は、雲をつかむような騒ぎに帰した。一つのお笑い事で終りを告げた。

「何か、お見違えではござらぬか。ここは、奉行所の中、ことには白昼。あんな所から、まことに婦人が覗いたとすれば、それは、狐でしょう。……なに、この辺でもまだ狐はおるので、諸侯の屋敷のお庭などには、昼でも啼いていることがままござりますからな」

と、小役人たちは、彼の渋面を慰め顔に囀った。

×   ×   ×

ゆうべの雨で、道には、団栗や萩の花がこぼれている。