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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
あの顔
「そこじゃて……」
と、老人は半眼をふさいで、考えこんだが、その時ふと、東儀与力の眸を、稲妻のように脅ろかしたものがある。
あの顔
それは、鶉坂の門から、ここへ上って来た痩せぎすの美しい小娘だ。何か、重箱のような物を胸にかかえて、愛縄堂の方へ来かけたが、客がいたので、ついと、養生所の方へ戻ってしまった。
「や。や。あの女だ! あの女だ!」
彼は、あぶなく口走るところだった。――一昨日、唖聾を石倉で調べた時、鉄砲の轟音といっしょに、窓から消えた奇怪な女の顔!
その女と、今の娘。
どこと言って違うところはない。確かにあの顔だ。これが自分の眼の狂いだったら、与力の職を抛ってもかまわない。
彼は、昂ぶる動悸を、丹田で抑えつけながら、
「老先生――」
「なんじゃ」
「妙なことを伺いまするが……」
つとめて平静を装っても、舌がかわく、眉が硬ばる。ごくりと、唾を嚥んで、
「今、あちらへ参った美しい処女は、ご当家の召使いにございましょうか」
「いや」
と、かぶりを振りながら、老人は、堂の窓から木の間を透かして、
「違う。わしの手元に、女子はおらん」
「では、出入りの町人の娘か何かで?」