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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

父情の闇

「長命のわずらいじゃ」

と、老人は嗟嘆した。

上方の名捕手羅門塔十郎と、江戸の大先輩塙江漢とは、ここに初めて、この事件を介しての初対面を交わしたのであった。両雄の眼光、双方の立場、自然と、穏やかでないものがある。

父情の闇

「羅門」

と、老人はすぐに開き直って、

「――今、わしが言ったことばに、何ぞ、異論があるようじゃが……」

「いかにも、大いにござります」

「何、大いにあると」

「さればです!」

と、羅門も容を正して、真っすぐに、胸を張った。

「調書について、三つのご反説、いちいちご尤もにはござりますが、まず第一に、覆面の男が郁次郎なりや否やのお疑いは、ご無用にござります。何となれば、それは、自分をはじめ、同心の加山、波越らも、しばしば目撃しておるところで」

「待たれい。――覆面なれば、顔容もよく分らぬはず。殊に、それはすべて夜陰ではないか」

「のみならずです!」

「ウム」

と、老人はあらい息を抑えて、羅門を見つめた。

「先頃、平賀源内の博物会があった折、老先生のお知慧を拝借して、女笛師お雪の蝋人形を出陳いたしましたところが、その前に佇んで、人知れず涙を拭いていた浪人がございました」