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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

「時雨」秘め文

「玉枝?」

と、東儀与力は思わず横から口を出した。

「では玉枝と申すのは、雪女の小間使をしていた女だの」

「はい、なかなか別嬪さんでございました」

塔十郎は隙かさずに、

「して、その小間使は、いつ頃から見えぬのか」

「ちょうど十五日の夕方、その玉枝さんが、風呂敷づつみを抱えて宅の前を通りましたので、オヤどちらへ? と声をかけますと、急に田舎の身寄りに不幸ができて、一月ほど宿下がりをして帰るところと、挨拶をして行きました」

疑惑は、誰の胸にも起った。同じように玉枝という小間使を疑った。――十五日といえば女主人のお雪が殺された名月の晩である。それにゆうべ、ここを訪れた例の覆面の侍も、玉枝玉枝と二度ほど呼んだ。

塔十郎は、隣家のお蔦のことばを細かに覚え帖へ筆記していたが、ふと、その筆の先で庭前の筵を指して、

「では、その男の顔を見たことがあるか」

と、訊ねた。

「時雨」秘め文

「まあ! その人も、殺されたのでございますか」

波越八弥が、死骸にかぶせてある筵の端を少し剥って見せると、お蔦は、肩をすぼめて顫えた。

そして、十五夜の晩以来、お雪の家の中に隠されていた疵口のないこの町人体の男の死体は、本石町で金座用達をしている両替の佐渡屋和平、俗に佐渡平という商人にちがいないと申し立てた。