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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
脱走同心
「あっ、花世! ……」
ギシリッと、軍鶏籠が少しうごいた。
郁次郎は、くわッと、血走った眼をして駕の穴から外を見廻した。三人の男は、寝ずの番の名にそむいて、ぐったり柱に倚りかかって居眠っている。
「ああ、花世だ。……あの鈴慕の曲の節廻しは、たしかに、花世に違いない。小さい時から、あれは、尺八が好きだった。五百之進殿も好きだった。そして、いつのまにか、二人して、習うともなく吹き覚えたのが、あの鈴慕の曲一つ……」
彼はもがいた。
体の自由は利かないので、眼ばかりがいらいらとうごく。いらいらと、眼が悶える。
「花世だ……ええ会いたい! ……ひと目でいい! たった、ひと目でも」
――その時、裏口から、そっと抜け出して行った者がある。それも、懊々として眠らずにいた南の同心加山躍蔵であった。
脱走同心
「はてな? この深夜に」
耀蔵は、寝衣を解かなかった。
不思議な尺八の音に、跫音を偸んで、そっと表の方へ廻って見ると、閉め切ってある窓の外に、尺八を持って、じっと、俯向いている細腰の――白い人影。
かしらには天蓋、身には、袈裟掛絡。
「オヤ、虚無僧だな」
四、五間ほど離れた天水桶の蔭に、耀蔵は、じっと屈み込んだまま、様子を見ていた。