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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

「どうじゃ、両名、苦しいのか」

「いえ、なんの、面目ない儀です、不覚を仕りました」

「不覚どころではない、これや、案外な大罪人かも知れぬぞ。暫時傷手をこらえて、召捕った時の模様を、話して聞かせい」

時の江戸町奉行は、榊原主計頭。

その晩の立会与力は、東儀三郎兵衛、奉行所中の上席であった。

二人の申し立てが終ると、奉行はうなずいた。係りは、東儀与力の手にうつる。

捕われて来た百姓男は、よく、田舎から江戸へ出て来る黒焼売りのような泥くさい風態をしている。

「おいッ、坐れ!」

東儀与力の吟味の峻烈さは有名なものである。いきなり、雷声を発して、光を放射する窓のような眼をもって、男を睨んだ。

「ひかえろ!」

割竹が唸る。

獄吏が叱りとばす。

だが、男は、ぽかんとしたまま、無感覚であった。そして、両方の手で、耳を引ッ張ってみせた。妙な、張合い抜けが、瞬間ではあったが、吟味所を白けさせた。

「これや、一筋縄で恐れいる曲者じゃない。お奉行、あれに口を開かせるには、だいぶ時刻がかかります。てまえに、お任せ下さいましょうか。……では其奴を、ひとまず、湯灌させておきますが」

湯灌とは、何の意味か、奉行がうなずくと、獄吏たちは、男を拉して、暗い棟と棟とが重なった獄舎の露地へ引っ立てて行った。