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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

「おう、どうしたものは」

「ものは、首尾よく、このとおり……」

「ご苦労、ご苦労」

と、舟のなかへ助けあげて、千吉のかかえて来た加山耀蔵の縄をすぐ解いた。

海へ沈みかけられる時に、すでに、呼吸もかすかだったので、水はほとんど飲んでいなかった。用意の薬をふくませたり、濡れた衣服をかえたりしているまに、舟は、帆を張って追い風をうけていた。

玉枝は、度胸をすえてしまった。

ふてくされた、凄艶な頬を、海風に、鬢の毛が嬲っている。

帆ばしらの下に、立て膝をして、もう逃げられないと覚悟をきめた眼に、誰のとも知れない、かます莨入れを見出すと、それを、指さきで寄せて、すぱりと、のどかな顔をして燻らしはじめた。

加山耀蔵の手当をしていた船頭たちは、莨のにおいがするので、彼女を、ふり顧った。

「親方、あきれてものが言えねえじゃありませんか。ごらんなせえ、人の、莨を吸ってやがる」

指さすと、彼女は、不敵な、そしてまた、ひどく蠱惑な、あの笑靨を、海月のように、頬に、チラつかせて、

「オヤ、おまえさんの?」

「勝手にしやがれ」

「しみったれたことをお言いでないよ、莨の一ぷくや二ふく、いいじゃないか」